かまぼこ製造において、水は重要な役割を果たしています。
何故、私達は、この小田原市浜町の水にこだわっているのかを説明します。
タンパク質と水の相互作用
化学の観点で説明すると、タンパク質の立体構造を安定に保つために、水が重要な役割を果たしています。
タンパク質の表面は、水の分子と相互作用して、立体構造を保ちます。
そして、その内部は、結晶と同じぐらいに密に原子が結合しています。
水のpH値とタンパク質
水は、アルカリ性・中性・酸性があり、水素イオンの濃度で決まります。
これを、水素イオン指数(pH、ペーハー)で表現します。
- 中性
- 1気圧25℃の状態で、pHが7の状態を指します。
- アルカリ性
- pHが7より大きくなるとアルカリ性が強くなっていきます。
- 酸性
- pHが7より小さくなると酸性が強くなっていきます。
タンパク質のpH変性
タンパク質の立体構造は、水の分子との相互作用で保たれていると説明しました。
pHの変化は、この相互作用に影響を及ぼし、タンパク質の性質が変化します。
タンパク質は、イオン結合で成り立っており、酸性アミノ酸と+に荷電している塩基性アミノ酸の間の静電的引力がその力の源です。
- pH値が4〜10が天然状態です。
- pH値が4より低くなって酸性が強くなっていくと、酸性アミノ酸が電荷を失い、酸変性状態になります。
- pH値が10より高くなってアルカリ性が強くなっていくと、塩基性アミノ酸が電荷を失い、アルカリ変性状態になります。
pH値が天然状態より低くなったり、高くなったりすると、静電的引力を失い、タンパク質の立体構造が崩れる事になります。
これをタンパク質のpH変性と呼びます。
かまぼこづくりの重要なプロセス〜水晒し
かまぼこづくりでは、採肉という工程があります。
魚の皮の内側にある魚肉を採る工程で、その採った魚肉を「落とし身」と呼びます。
水晒しとは、落とし身を、晒し桶やタンクなどに入れて、5〜7倍の水を入れて攪拌し、10分程度静置してから、下に沈んだ魚肉を残して水を複数回、取り換えます。
山上蒲鉾店では、魚肉の脂肪分の状態を確認して、水の量や、水晒しの回数を微妙に調整していきます。
この工程で、落とし身の血液、脂肪、魚臭成分、水溶性タンパク質等を除去します。
水晒しは、かまぼこづくりで大変重要で、これによって製品の色が白くなり、魚臭が消え、保存性が向上します。
「かまぼこの足が強くなる」という表現があるのですが、「足」というのは、一言でいうとかまぼこの弾力です。
「かまぼこの足」が強くなるのは、水溶性の筋形質タンパク質が水晒しで除去されるからです。
もう一つ、水晒しには、食品として大事な効用があります。
それは、アレルゲン性成分の除去です。
魚類の主要アレルゲンは、パルブアルブミンです。
これが、水晒しによって、筋形質タンパク質と共に除去されます。(※1)
水晒しにおける水質の重要性
水晒しの工程では、1時間に10tもの多量の水を使用して作業が行われます。
上述の通り、水のpHはタンパク質の変性に影響を及ぼすため、pH値が非常に重要になります。
水の種類 | pH値 |
---|---|
水道水 | 6.9〜7.0 |
山上蒲鉾店の井戸水(小田原市浜町) | 7.4〜7.8 |
山上蒲鉾店は、早川と酒匂川の中間に位置し、その地下100mまで掘った深井戸と、地下20mまで掘った浅井戸から、地下水を汲み上げています。
- 深井戸
-
この水源は、箱根山からの早川、西丹沢山から流れる酒匂川、この二つが地下で合流したものです。
カルシウムとマグネシウム(50〜70mg/)を含んでおり、中軟水に分類されます。
小田原市の水道水より硬度が高いです。 - 浅井戸
- この水は、多少海水が差し込んでいて、塩味を感じない微量なナトリウム分を含んでいます。
この二つの井戸水を混合した水は、ミネラルが豊富で、季節による変動はありますがpH7.4〜7.8になります。
グチの魚肉とpH
魚によって、水晒しに使う水のpHの最適値は異なります。
山上蒲鉾店のかまぼこの材料となるグチは、山上蒲鉾店の二つの井戸水を組み合わせてできる、pH7.4〜7.8の水が最もタンパク質の結合度が良く、しなやかさと粘りが出ます。
この数値より高いpHの水だと、水晒しの後の脱水処理で、水切れが悪くなり軟らかい身になってしまします。
この数値より低いpHの水だと、粘りのない身になってしまいます。
何も足さない、何も引かない
小田原の自然の愛(めぐみ)の水
日本は、全般的に、世界でも水資源が豊かな国です。
しかし、かまぼこづくりにおいて、水が使えれば良いわけではありません。
このグチの魚肉に最適なpH値で、ミネラル分豊富な水を、何も足さず、何も引かずに得られる点が、小田原市浜町という場所の重要性です。
カルシウムなどが含まれている中軟水の方が、かまぼこづくりには適しているのです。
しかも、カルシウムだけでなく、海岸に近い小田原市浜町の浅井戸の水は、海水の微量なミネラル分が含まれているため、これがカルシウムやマグネシウムと相まって、美味しいかまぼこにつくりあげることができます。
自然の状態の水は、私達、人間の手ではどうにもできないものです。
この状態の水が、山上蒲鉾店がある小田原市浜町で得られるという地理的恩恵、これこそが小田原の愛(めぐみ)だと、私達は考えています。
山上蒲鉾店のかまぼこの美味しさの理由、そして小田原かまぼこが小田原市でつくられるべき理由は、正に、この地理でしか得られない、この水の特性に依存しているのです。
だからこそ、私達、山上蒲鉾店は、この小田原市浜町の水にこだわっています。
参考文献
※1 東京水産大学食品生産学科 濱田友貴 源河えりな 大平倫敬 長島裕二 塩見一雄
「魚肉ねり製品及びスケトウダラすり身のアレルゲン性」42ページ (食衛誌Vol.41 No.1 1999年)